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万里小路孝房

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万里小路 孝房(までのこうじ たかふさ、天正20年10月10日1592年11月13日) - 元和3年4月1日1617年5月5日))は、江戸時代の公家。

堂上家名家藤原北家高藤流甘露寺支流)である、万里小路家の14代目当主。

経歴

権大納言万里小路充房の子。母は織田信長の娘。室は、右衛門尉長谷川重吉旗本長崎奉行)の娘、実子に、蔵人頭右大弁万里小路綱房権大納言葉室頼業兵部権少輔葉室頼隆の養子)など。

慶長18年(1613年)1月12日、参議に叙官。極位は従三位

元和3年(1617年)2月21日、勅使として、故徳川家康東照大権現神号を下賜する。