茶碗の中
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「茶碗の中」(ちゃわんのなか)は『骨董』に収録される日本の怪談。小泉八雲の編纂によるもので、英語による原題は "In a Cup of Tea" という。
概説
幽霊や妖怪といった類に含まれると考えられる人物が登場する怪談であるが、本作が怪談として特筆される要素としては未完であるという点が挙げられる。
一般に未完と言えば相応の長さを持ち、作者が何らかの形で執筆を続けられなくなった結果として起こるものであるが、「茶碗の中」は決して長編ではない。未完であるゆえに想定されていた全体の長さを推測することは不可能ではあるが、少なくとも執筆されている量としては短い部類に属する。また、本作の絶筆は文章の途中で突然途切れているという特徴を持つ。文章的に一区切りの付く個所でもなく、文字通り、文の途中で終了しているのである。
「茶碗の中」の恐ろしさは、それが幽霊の小噺である点ではなく、この物語が何故にこのような絶筆に到らざるをえなかったのか、それを読者の側が想像せざるをえないという部分にある。
なお、講談社学術文庫版の『怪談・奇談』の「解説」(布村弘)では、小泉八雲のこの話の典拠となった文献として江戸時代の随筆集『新著聞集』巻5第10奇怪篇「茶店の水碗若年の面を現す」を推定している。この原典では小泉八雲の編纂と同様に結末は欠落しているが、文章としては一応完結しており、もちろん小泉八雲による前置きおよび後書きも存在しない。
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
あらすじ
天和3年(1683年)1月4日、中川佐渡守は家来と共に年始の挨拶をする道中、江戸は白山にある茶屋で一服つく。家来の関内が自分の茶を飲もうとしたとき、茶碗の水面に男の姿が映っていることに気付く。しかし背後にそのような男がいるわけでもなく、茶碗に描かれているわけでもない。気味悪がりつつも一気に飲み干す関内であったが、その夜、彼が夜番を務める部屋に、音も無く茶碗の幽霊とそっくりな式部平内という男が現れる。関内は平内と名乗るその幽霊を斬ろうとするが、幽霊は壁を通り抜けて消えてしまう。関内は仲間に報告するが、屋敷にそのような男が立ち入ったという話は無く、式部平内という名を知る者もいない。次の夜、非番の関内は両親と出掛け、その先で3人の侍と出会う。3人は平内の家臣だと名乗り、平内を斬った関内に決闘を申し込もうとする。しかし幽霊に憑き纏われることへの苛立ちと恐怖から関内はその3人に太刀を向ける。3人は塀を飛び越えて……
(※ここで物語は唐突に終わっている)
登場人物
- 関内(せきない)
- 本作の主人公。中川佐渡守の家臣。
- 作中の登場人物としては唯一苗字が登場しない。身分柄、苗字が許されていないとは考えられず、実在の人物である佐渡守との関係上、架空の人物であるゆえに、モデルを特定しない目的で行われたものとも考えられる。
- 堀田 小三郎(ほった こさぶろう)
- 小泉八雲の編纂には登場しない。『新著聞集』の巻十には、佐渡守が年始の挨拶に訪れた先として名前が登場する。
- 式部 平内(しきぶ へいない)
- 茶碗の水面に映り、また、夜番をする関内の前に現れた男。
- 編纂著者の小泉八雲は彼を幽霊として書いているが、平内自身が幽霊であると名乗った訳ではない。なお、平内は壁を通り抜けたとする描写があるものの、その家臣である3人は身軽に塀を飛び越えたとしながら、現存する文章の中では特に幽霊らしい様子は見られない。
- 松岡 平蔵(まつおか へいぞう)
- 平内の家臣を名乗る侍の1人。
- 「松岡文吾」という名であるとするものもある。
- 土橋 文吾(つちばし ぶんご)
- 平内の家臣を名乗る侍の1人。
- 「土橋久蔵」という名であるとするものもあり、『新著聞集』にはこの名前で登場する。
- 岡村 平六(おかむら へいろく)
- 平内の家臣を名乗る侍の1人。
- 「岡村兵六」の字であるとするものもある。
時代背景
本作の執筆時期については不明であるが、物語の舞台となっている天和3年(1683年)は中川佐渡守久恒が藩政の実権から退いた翌年である。佐渡守は生まれながらの虚弱体質であり、幼い頃から病に伏せることがしばしばあった。藩主とはいうものの、実質的な政権を弟たちに譲らざるをえなくなった理由も、その病弱な身のゆえであり、あるいはその翌年という位置付けには佐渡守の終焉を隠喩する噂か何かが引き金になっていたのかもしれない。
実際には佐渡守は、この12年も後の元禄8年(1695年)まで生き、55年の生涯を遂げている。本作では佐渡守は前振りとして、主人公である関内の身分を紹介する上で登場する以外にはまったく触れられていない。従って関内が何者であっても、この物語の中では佐渡守との関係は特に重要なものにはなっていないし、未完とはいえ存在する文章のなかに限っていえば、その身分に関わらず物語は成立する。
こうしたことを踏まえると、作者は当初、佐渡守の身に起こる不幸を伏線に織り込んだ物語として、この怪談を執筆しようと開始したのであろうと考えられる。そして直接的に藩主である佐渡守を主人公に据え置くことへの抵抗感から関内という架空のキャラクターは狂言回しとするために生み出され、書き綴られたが、当の佐渡守が思いの他、長く生きたため、当初のプロットが成立しなくなり、結末を放棄するに到ったと察することもできる。
関連項目
- 三谷幸喜作品に登場する小咄。幾人もが語ろうとするものの、結末に到る前に何らかの事情によって妨げられる。