放逸
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仏教用語 放逸, プラマーダ | |
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サンスクリット語 | Pramāda, pramada |
チベット語 |
བག་མེད་པ། (Wylie: bag med pa; THL: bakmepa) |
中国語 | 放逸 |
日本語 | 放逸 |
英語 |
heedlessness, carelessness, unconcern |
放逸(ほういつ)、プラマーダ(巴: 梵: Pramāda)は仏教が教える煩悩のひとつである。放恣であり善行に専心しないこと[1]。なまけること[2]。 仏道に励まないこと[3]。
懈怠と似ているが、放逸は、懈怠および貪・瞋・癡の三不善根の上に、悪を防がず、善を修せざる状態に対して、特に指摘されるものである。『阿毘達磨倶舎論』などでは、五位七十五法のうち、大煩悩地法の一つに数えられる[4]。『大乗百法明門論』によれば随煩悩位に分類され、そのうち大随煩悩である。
釈迦は、「なまけることなく(不放逸, appamāda)、自己を完成せよ」という遺誡を残して入滅した[5]。
handa'dāni bhikkhave āmantayāmi vo,
vayadhammā saṅkhārā appamādena sampādethāさあ比丘たちよ、いまあなたたちに伝えよう。
さまざまの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい。
抜粋
—ダンマパダ,19
不放逸は不死(涅槃)への道である。
放逸は死への道である。
このことをよくよく知って、不放逸を守る賢者たちは、
不放逸に喜びを見出し、聖者の境地を楽しむ。[3]—ダンマパダ,21-22
出典
- ^ 櫻部・上山 2006, p. 114.
- ^ 中村 2002, p. 96.
- ^ a b c 上村勝『ダンマパダの教え―初期仏教の「反社会」主義』1987年、16-22頁。ISBN 978-4480841780。
- ^ 岩波仏教辞典 1981, p. 718.
- ^ 岩波仏教辞典 1981, p. 718~719.
参考文献
- 中村元他『岩波仏教辞典』岩波書店、1989年。ISBN 4-00-080072-8。
- 櫻部建、上山春平『存在の分析<アビダルマ>―仏教の思想〈2〉』角川書店〈角川ソフィア文庫〉、2006年。ISBN 4-04-198502-1。(初出:『仏教の思想』第2巻 角川書店、1969年)
- 櫻部建『倶舎論』大蔵出版、1981年。ISBN 978-4-8043-5441-5。