レオノール・デ・アラゴン (カスティーリャ王妃)
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レオノール・デ・アラゴン Leonor de Aragón | |
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カスティーリャ王妃 | |
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在位 | 1379年 - 1382年 |
出生 |
1358年2月20日 アラゴン王国、エル・プイグ |
死去 |
1382年8月13日(24歳没) カスティーリャ王国、クエリャル |
埋葬 | カスティーリャ王国、トレド大聖堂 |
結婚 | 1375年6月18日 ソリア |
配偶者 | カスティーリャ王フアン1世 |
子女 |
カスティーリャ王エンリケ3世 アラゴン王フェルナンド1世 |
家名 | バルセロナ家 |
父親 | アラゴン王ペドロ4世 |
母親 | レオノール・デ・シシリア |
宗教 | ローマ・カトリック |
レオノール・デ・アラゴン(Leonor de Aragón, 1358年2月20日 - 1382年8月13日)は、カスティーリャ王フアン1世の最初の王妃。父はアラゴン王ペドロ4世、母はその3番目の王妃レオノール・デ・シシリア。アラゴン王フアン1世とマルティン1世の同母妹である。
生涯
[編集]トラスタマラ家の祖であるカスティーリャ王エンリケ2世の王子フアンと1375年に結婚し、1379年に夫の即位により王妃となった。2人の間には2男が生まれた。
1382年にレオノールが24歳で早世した後、フアン1世はポルトガル王フェルナンド1世の王女ベアトリスと再婚し、フェルナンド1世死後の王位継承争いに介入するが、これは国力の浪費に終わった。フアン1世は1390年に32歳で早世し、長男エンリケがエンリケ3世として即位した。
1410年にレオノールの兄マルティン1世が正嫡の後継者を残さずに死去した際、次男フェルナンドがその最近親かつ正嫡の男子であることから(エンリケ3世はすでに死去していた)、カスペの妥協により1412年にアラゴン王位を継承した。