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太田全斎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

太田 全斎(おおた ぜんさい、1759年宝暦9年)- 1829年7月16日(文政12年6月16日)[1])は、江戸時代後期の儒学者漢学者音韻学者。全斎。名は(ほう)。叔亀[2]折衷学派に属する。諸子百家研究・語学研究など多方面で業績を残した。

生涯

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備後福山藩藩士の家に生まれる[1]折衷学派山本北山に師事する[3]。1788年から備後福山藩に出仕、1823年に致仕、1829年に死去[1]

主な著書

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書簡

関連項目

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脚注

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  1. ^ a b c d 高橋昌彦・朝日日本歴史人物事典『太田全斎』 - コトバンク
  2. ^ a b c 沼本克明・小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)『太田全斎』 - コトバンク
  3. ^ 三島中洲と近代 其六二松学舎大学、2018年http://www.nishogakusha-u.ac.jp/library/pdf/kankobutu_07.pdf 
  4. ^ 釜田啓市「稲束猛の韓非子講義」『懐徳堂センター報』、大阪大学大学院文学研究科・文学部 懐徳堂センター、2007年、115f。 
  5. ^ 太田 方 著、土屋紀義 訳 (1989年8月). “韓非子翼毳跋文国訳嘗試”. 参考書誌研究 (国立国会図書館) 36: 30-34. https://dl.ndl.go.jp/pid/3051287. 
  6. ^ 中村未来 著「『韓非子』――法治理論の集大成」、湯浅邦弘編 編『教養としての中国古典』ミネルヴァ書房、2018年。ISBN 9784623082759 
  7. ^ 町田三郎「邦人の『韓非子』注」『江戸の漢学者たち』研文出版、1998年、ISBN 978-4876361557。62頁。
  8. ^ 平凡社 百科事典マイペディア『俚言集覧』 - コトバンク
  9. ^ a b c 平凡社 世界大百科事典『契利斯督記』 - コトバンク