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村上先

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村上先

村上 先(むらかみ すすむ[1]文久3年1月8日[2]1863年2月25日) - 1925年大正14年)[1])は、日本の衆議院議員立憲政友会)。実業家。号は李門

経歴

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陸奥国気仙郡矢作村(現在の岩手県陸前高田市)出身[3]。仙台藩士伊藤武左衛門の二男として生まれ、村上大蔵の養子となった[4]漢学英学を学び、鳥取県東伯郡長、札幌支庁長を務めた後、台湾総督府に移り、台北県滬尾弁務署長、臨時土地調査局事務官塩水港庁長、台南庁長を歴任した[2][3]

1908年(明治41年)、第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。

その後、台湾証券交換所社長、日鮮鉱業社長、大正活映社長、帝国殖産興業社長、東洋美術興業社長、旭製炭顧問などを務めた[4]

著書

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  • 『現行学制大全』(東京出版舎、1895年)
  • 『予の帝国議会に於ける四年間』(1912年)
  • 『経国の片影』(仁仙閣、1920年)

親族

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  • 村上望山 - 妻[2]。本名は望子。南画家。

脚注

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参考文献

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  • 鷹居匡『第二十八議会衆議院議員写真列伝』経済時報社、1912年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。 
  • 佐々木徳吉『陸前高田郷土史 通史第1巻』陸前高田市郷土史研究会、1986年。