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新琴似駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
新琴似駅
駅舎(2018年8月)
しんことに
Shin-Kotoni
G04 新川 (1.9 km)
(1.7 km) 太平 G06
地図 下は麻生駅
所在地 札幌市北区新琴似8条1丁目4番1号
北緯43度6分47.1秒 東経141度20分6.9秒 / 北緯43.113083度 東経141.335250度 / 43.113083; 141.335250座標: 北緯43度6分47.1秒 東経141度20分6.9秒 / 北緯43.113083度 東経141.335250度 / 43.113083; 141.335250
駅番号 G05
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 札沼線(学園都市線)
キロ程 5.6 km(桑園起点)
電報略号 コニ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
[* 1]3,306人/日(降車客含まず)
-2022年-
開業年月日 1934年昭和9年)11月20日
乗換 麻生駅札幌市営地下鉄南北線
備考
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新琴似駅(しんことにえき)は、北海道札幌市北区新琴似8条1丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)札沼線(学園都市線)のである。駅番号G05電報略号コニ事務管理コードは▲130201[2]

札沼線は桑園駅から当駅までが高架区間、次の太平駅から終点の北海道医療大学駅まで地上区間となる。

なお、本稿では当駅に隣接して設置されていた札幌市電鉄北線新琴似駅前停留場(しんことにえきまえていりゅうじょう)についても述べる。

歴史

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1976年、地上駅時代の新琴似駅と周囲約750m範囲。下が札幌方面。相対式ホーム2面2線、少し離れた外側に留置線とそこから北側の民有地へ引込み線。この引込み線は中小の石油・ガス燃料会社用専用線。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

JR北海道

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当駅の設置は1923年大正12年)5月に札沼線の工事実測に先立ち、当時新琴似の住民自治を行っていた「新琴似兵村部落会」が旭川建設事務所宛てに停車場設置請願を起こしたことに始まる[3]

この時、部落会では新琴似の中心となっていた新琴似四番通り(現:北海道道865号樽川篠路線の一部)の東端を部落会で無償提供する代わりに駅ホームを線路北側に設置するよう要望したが[3]1929年昭和4年)3月に、駅の位置は部落会の意に反し、いったん現在地から1kmほど桑園方(桑園起点4.5km地点、新琴似二番通り)が選定されることとなった[3]

これにより新琴似が所在する琴似村(当時)では村長名で四番通り側に駅を設置するよう意見書を提出したほか、住民内でも四番通り側と二番通り側とで駅設置位置を巡って対立が発生したが、最終的に四番通り側が用地を寄付することの申し出、琴似村長らによる運動が実り、新琴似四番通り側の現在地に設置されることとなった[3]。しかし、ホームは南側の茨戸街道側に設置され、この点については不満を残す形となった[3]

札幌市電(新琴似駅前停留場)

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かつて駅東南約300mに設置されていた札幌市電鉄北線(てつほくせん)の終点であった[12]

鉄北線は1952年(昭和27年)に北24条までの延伸が完成していたが、昭和30年代に入り新琴似地区をはじめとする札幌市北部の宅地化が進み、3回に分けて新琴似駅前まで延伸が行われた。特に北27条から先の延伸については、市が道幅を理由に渋った際には土地所有者が無償提供を申し出たほどであった[13]。しかし、地下鉄南北線が北24条まで開通し鉄北線が孤立路線となると、住民からは北24条駅での乗換ではなく、地下鉄の延長を求める声が高まり、麻生駅への延伸(1978年)が決定した翌年の1974年(昭和49年)に市電は廃止された[12]

駅名の由来

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駅構造

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相対式ホーム2面2線を有する高架駅。ホームへは階段・エレベータの他に、上下両方向のエスカレーターが設置されている。

2012年5月31日までは八軒駅新川駅と並び、非電化・高架・複線という珍しい構造の駅だった[注釈 1]。高架化工事中、当駅周辺では一時的に線路を(複線のまま)元の路盤よりも更に北西側(現下り線の更に外側)に振った。現駅舎は旧駅のほぼ真上に構築された。

桑園駅管理の業務委託駅北海道ジェイ・アール・サービスネットが受託)。みどりの窓口・自動券売機・話せる券売機[1]・自動改札機・ICカードチャージ機・セブン-イレブン北海道キヨスク運営、サンクスから転換)設置。待合室にはパン専門店ベーカリーベル新琴似店(日曜定休)がある。

のりば

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番線 路線 方向 行先
1 札沼線(学園都市線) 上り 桑園札幌方面
2 下り あいの里教育大当別方面

(出典:JR北海道:駅の情報検索

利用状況

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旅客

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乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

戦後は競合する市電の延伸・廃止、地下鉄の延伸で増減を繰り返し、昭和50年代半ば以降は、市街化や札沼線自体の利用増加により利用客を増やしていった。

乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均
1934年(昭和09年) 15,033 (41.2) [15] 開業初年度
1945年(昭和20年) 150,653 (412.7) [6]
1950年(昭和25年) 115,146 (315.5)
1955年(昭和30年) 114,373 (312.5)
1960年(昭和35年) 86,282 (236.4) 駅勢圏人口は増加したが市電・バス網の充実により減少[6]
1962年(昭和37年) 65,000 (178.1) 千人未満不明。同年市電麻生延伸。利用客が転移[6]
1965年(昭和40年) 107,008 (293.2) 前年に市電を駅前まで延伸したため利用増[6]
1970年(昭和45年) 249,848 (684.5)
1975年(昭和50年) 304,096 (830.9) 前年に市電鉄北線廃止[6]
1976年(昭和51年) 342,659 (938.8)
1977年(昭和52年) 307,431 (842.3)
1978年(昭和53年) 236,240 (647.2) 同年3月に地下鉄南北線麻生延伸。大幅に利用減[6]
1979年(昭和54年) 250,919 (685.6)
1980年(昭和55年) 279,145 (764.8) 同年から翌々年にかけて駅北側にマンション建設[6]
1981年(昭和56年) 281,651 (771.6) 同年に東日本学園大学が当別町に移転[6][注釈 2]
1982年(昭和57年) 310,331 (850.2)
1983年(昭和58年) 314,563 (859.5)
1984年(昭和59年) 324,901 (890.1)
1990年(平成02年) 1,605 [* 2]
1995年(平成07年) 2,509
2000年(平成12年) 2,951
2001年(平成13年) 3,002 [* 3]
2002年(平成14年) 2,915 [* 4]
2003年(平成15年) 2,994
2004年(平成16年) 2,990 [* 2]
2005年(平成17年) 3,103
2006年(平成18年) 3,227
2007年(平成19年) 3,238
2008年(平成20年) 3,306
2009年(平成21年) 3,356
2010年(平成22年) 3,382
2011年(平成23年) 3,457
2012年(平成24年) 3,524
2013年(平成25年) 3,664
2014年(平成26年) 3,738
2015年(平成27年) 3,837
2016年(平成28年) 3,968
2017年(平成29年) 4,097
2018年(平成30年) 4,100
2019年(令和元年) 4,079 [* 5]
2020年(令和02年) 2,965
2021年(令和03年) 3,086 [* 6]
2022年(令和04年) 3,306 [* 1]

貨物

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開業当初は到着貨物として付近の帝国製麻会社の工場へ納入される亜麻茎、発送貨物としては当地の農産品であるエンバク(軍馬の飼料として陸軍糧秣廠に納入)や新琴似大根などがあったが、これらは第二次大戦後、それぞれ化学繊維の進出による工場閉鎖、終戦によるエンバクの作付中止、周辺宅地化による大根の作付減少によって自然消滅した[6]

一方で、1954年(昭和29年)に駅北側に不燃建材を生産する工場が開設され、岩戸景気下で空前の発送貨物を記録したが、その後生産が下火となり1973年(昭和48年)に工場が長沼町に移転したため、新琴似発送の貨物は激減した[6]

札沼線他駅と同様、1979年(昭和54年)に貨物の取り扱いは終了した[6]

駅周辺

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東口は南東に約500メートル離れた麻生駅を中心とした麻生地区の外れにあり、その位置関係の微妙さから、一部の乗り換え需要を除けば人の流れを引き付ける求心力は乏しかった。一方、西口はかつての新琴似兵村の中心であり、西5丁目樽川通沿いを中心に体育館や図書館等の公共施設が立ち並び、商業施設が集積する麻生地区とは別の拠点を形成している。複線電化完成後、駅周辺には大小のマンションが集積し、地下鉄とは競合しない利用者層が目立ち出している。

その他

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石像「新ちゃん」

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待合室内に石でできた熊の像「新ちゃん」が置かれている[18]。名前は「新琴似」の「新」に由来し、季節ごとに衣装の着せ替えも行われている[18]

もともとは旧駅の駅本屋側ホーム(札幌方面ホーム)にあったもので、材質は札幌軟石ではないかとされている[18]。遅くとも1976年(昭和51年)には駅に設置されていたことが確認されているが、設置の経緯は不明である[18]

高架新駅完成後は、撤去が計画されていたが、地元住民からの要望により、待合室内に移設されている[18]

隣の駅

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北海道旅客鉄道(JR北海道)
札沼線(学園都市線)
新川駅 (G04) - 新琴似駅 (G05) - 太平駅 (G06)

かつて存在した路線

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札幌市電
鉄北線
北24条停留場 - 新琴似駅前停留場

参考文献

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脚注

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注釈

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  1. ^ 札沼線(学園都市線)の電化後はJR線には存在せず、他社線でもJR東海交通事業城北線伊勢鉄道伊勢線で見られるのみである。
  2. ^ 現:北海道医療大学。当駅から直接あるいは地下鉄麻生駅から乗り継ぎのでの学生通学・教職員の通勤が発生

出典

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  1. ^ a b 指定席券売機/話せる券売機|駅・鉄道・旅行|JR北海道- Hokkaido Railway Company”. 北海道旅客鉄道. 2021年3月5日閲覧。
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、220頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ a b c d e 『新琴似百年史』 (1986), pp. 654–658.
  4. ^ 『官報』 1934年11月14日 鉄道省告示第560号(国立国会図書館)
  5. ^ a b c 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、831頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『新琴似百年史』 (1986), pp. 658–661.
  7. ^ 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 24号 石勝線・千歳線・札沼線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年12月27日、25頁。 
  8. ^ 石黒, 俊昭「施工記録 札幌都市圏における輸送施設整備」『日本鉄道施設協会誌 = The journal of Japan Railway Civil Engineering Association』第28巻第10号、日本鉄道施設協会、1990年10月、42-59頁、doi:10.11501/32553392023年3月25日閲覧 
  9. ^ a b c 杉山茂「電化目前の学園都市線と専用気動車のこと」『鉄道ファン』第615号、交友社、2012年7月、27頁。 
  10. ^ a b 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '00年版』ジェー・アール・アール、2000年7月1日、184頁。ISBN 4-88283-121-X 
  11. ^ 『JRガゼット』2009年10月号、交通新聞社
  12. ^ a b c d e 『新琴似百年史』 (1986), pp. 662–666.
  13. ^ 『新琴似百年史』 (1986), pp. 662–664.
  14. ^ 『新琴似百年史』 (1986), pp. 677–679.
  15. ^ 『新札幌市史』8(1) (2000), pp. 464–465.
  16. ^ 新琴似駅前 のりば地図”. 北海道中央バス. 2019年6月19日閲覧。
  17. ^ 新琴似駅通 のりば地図”. 北海道中央バス. 2019年6月19日閲覧。
  18. ^ a b c d e 川口, 朋晃 (2022年12月27日). “時代を越えて見守るよ 石像の“新ちゃん””. NHK北海道. シラベルカ. 日本放送協会. 2023年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月25日閲覧。
札幌の都市交通データ
  1. ^ a b 札幌の都市交通データブック2023” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 43. 2024年6月18日閲覧。
  2. ^ a b 札幌の都市交通データブック2019” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 46・47. 2020年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月28日閲覧。
  3. ^ 札幌の都市交通データ” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 44. 2016年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月26日閲覧。
  4. ^ 札幌の都市交通データブック2017” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 44. 2018年9月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月26日閲覧。
  5. ^ 札幌の都市交通データブック2021” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 47. 2022年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月26日閲覧。
  6. ^ 札幌の都市交通データブック2022” (PDF). 札幌の都市交通データ. 札幌市. p. 43. 2023年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月5日閲覧。

報道発表資料

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  1. ^ a b c 札沼線(学園都市線)の電化について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2009年9月9日https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2009/090909-2.pdf2009年9月14日閲覧 
  2. ^ a b 札沼線(学園都市線)の電化開業時期について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2011年10月13日https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2011/111013-3.pdf2011年10月17日閲覧 
  3. ^ 駅番号表示(駅ナンバリング)を実施します』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2007年9月12日http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2007/070912-3.pdf2014年9月6日閲覧 
  4. ^ Kitacaサービス開始日決定について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2008年9月10日http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2008/080910-1.pdf2015年1月10日閲覧 
  5. ^ 札幌市営地下鉄との代替輸送の実施について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2008年10月29日http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2008/081029-1.pdf2015年1月10日閲覧 
  6. ^ 学園都市線電化開業に伴う電車の投入(第一次)について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2012年3月14日https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2012/120314-1.pdf2014年7月21日閲覧 
  7. ^ 平成24年10月ダイヤ改正について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2012年8月3日https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2012/120803-1.pdf2012年8月17日閲覧 

新聞記事

[編集]
  1. ^ “国鉄、あすから道内41駅で業務合理化”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. 1. (1984年3月30日) 
  2. ^ “JR北海道、委託8駅を直営に。”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): p. 1. (1984年3月24日) 
  3. ^ “札幌市電、鉄北線の延長工事完成”. 北海道新聞北海道新聞社).(1964年12月2日)

関連項目

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外部リンク

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