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東笠巻

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東笠巻
東笠巻の位置(新潟市内)
東笠巻
東笠巻
東笠巻の位置
東笠巻の位置(新潟県内)
東笠巻
東笠巻
東笠巻 (新潟県)
北緯37度48分55.72秒 東経139度2分51.47秒 / 北緯37.8154778度 東経139.0476306度 / 37.8154778; 139.0476306
日本の旗 日本
都道府県 新潟県
市町村 新潟市
南区
人口
2018年(平成30年)1月31日現在)[1]
 • 合計 408人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
950-1405[2]
市外局番 025 (新潟MA)[3]
ナンバープレート 新潟

東笠巻(ひがしかさまき)は、新潟県新潟市南区町字郵便番号は950-1405[2]

概要

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1889年(明治22年)から現在の大字。信濃川支流の鷲ノ木大通川流域に位置する[4]

もとは江戸時代から1889年(明治22年)まであった東笠巻村の区域の一部[4]

隣接する町字

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北から東回り順に、以下の町字と隣接する。

歴史

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開発時期は不明。1683年(天和3年)の記録に村名が残る[4]1641年(寛永18年)、東笠巻新田。1650年(慶安3年)、天野新田。1652年(承応元年)、粟巻新田が開発される[4]1885年(明治18年)に粟巻新田を合併[4]

粟巻新田(あわまきしんでん)
江戸時代から1885年(明治18年)までの新田名。信濃川支流の鷲ノ木大通川流域に位置する。粟蒔新田、栗蒔村とも称した[5]
1652年(承応元年)に東笠巻村の区域内に開発されるが、のちに分村。分村年代は不明。1885年(明治18年)に東笠巻村の一部となる[5]
遺留新田(いりゅうしんでん)
江戸時代の新田名。1683年(天和3年)の記録に粟巻村遺留新田とあるい以外は詳細不明[5]

年表

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世帯数と人口

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2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
東笠巻 108世帯 408人

小・中学校の学区

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市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

番地 小学校 中学校
全域 新潟市立大鷲小学校 新潟市立白根北中学校

主な企業・施設

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  • 新潟市立大鷲小学校

交通

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道路

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脚注

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注釈

出典

  1. ^ a b 住民基本台帳人口 (全市・区役所・町名別) - 町名別住民基本台帳人口”. 新潟市 (2018年2月13日). 2018年3月5日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年3月5日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年3月5日閲覧。
  4. ^ a b c d e 角川地名15、p.1108
  5. ^ a b c 角川地名15、p.115
  6. ^ 通学区域一覧(町名別五十音索引)”. 新潟市 (2017年4月1日). 2018年3月5日閲覧。

参考文献

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  • 角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3