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萬盛橋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
萬盛橋
地図
基本情報
日本の旗 日本
所在地 新潟県燕市熊森
交差物件 信濃川
用途 道路橋
路線名 新潟県道256号分水栄線
管理者 新潟県三条地域振興局地域整備部
施工者 横山組
竣工 1963年昭和38年)3月
開通 1963年(昭和38年)5月2日
座標 北緯37度37分24.0秒 東経138度52分18.0秒 / 北緯37.623333度 東経138.871667度 / 37.623333; 138.871667 (萬盛橋)
構造諸元
形式 桁橋
材料 プレストレスト・コンクリート
全長 108.00 m
3.5 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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新潟県道256号標識

萬盛橋(ばんせいばし)は、新潟県燕市熊森の信濃川に架かる新潟県道256号分水栄線の橋長108 m(メートル)の桁橋。新字体を用いて万盛橋と表記されることもある。

概要

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橋脚
  • 形式 - PC単純T桁橋8連
  • 橋格 - 2等橋
  • 橋長 - 108.00 m
  • 幅員
    • 総幅員 - 3.5 m
    • 有効幅員 - 3.10 m
  • 基礎 - 鋼管杭基礎
  • 施工 - 横山組

[1][2]

歴史

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1963年昭和38年)3月に竣工し、同年5月2日に開通した。しかし、翌年新潟地震のため被災し、復旧工事が1968年(昭和43年)3月に竣工した[1][2]

当初は県道ではなく熊ノ森地区土地改良区の管理下であったが、町村道を経て1987年(昭和62年)に県道に昇格し、新潟県道256号分水栄線となった。これは県による架替を狙ったものとされる[2][3]

また幅員が僅か3.5 mであり、極めて狭小であること、河川管理上の問題も有することから度々架替を求める声が上がっているが実現していない。

1980年代には上流側に架かる本川橋が老朽化が進んでいることもあり、先に本橋を架け替えて本川橋の代替橋としてその後、本川橋を架け替える計画であったが、本川橋の劣化が著しく新潟県の三条土木事務所・巻土木事務所および分水町・中之島村の4者間で協議を行い本川橋を優先して架け替えることになり、本橋の架替は沙汰止みとなった[注釈 1][4]

架替では北側にある新潟県道18号燕地蔵堂線と橋との間が距離が100 mしかなく、現位置に架替えると急勾配になることから上下流でに架替えも想定されるとしている[5][6]

2019年度(令和元年度)から2020年度(令和2年度)にかけて、冬季に全面通行止めを行い、防護柵取替などの補修と歩行者の安全確保のため待避所を3か所設置を行った[7][8][9]

脚注

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注釈

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  1. ^ 本川橋の架替はその場での架替でなく下流側に架橋することになった

出典

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  1. ^ a b 万盛橋1963-5-2”. 土木学会附属土木図書館. 橋梁史年表. 土木学会. 2021年10月11日閲覧。
  2. ^ a b c 建設省北陸地方建設局『信濃川百年史』社団法人北陸建設弘済会、1979年3月30日、1155頁。 
  3. ^ 建設課関連」(PDF)『広報なかのしま』町政懇談会特集号、中之島町、1987年2月26日、2頁、2021年10月12日閲覧 
  4. ^ 道路行政について」(PDF)『広報なかのしま』第141号、中之島町、1985年5月31日、3頁、2021年10月12日閲覧 
  5. ^ 県道256号線の拡幅について」(PDF)『広報なかのしま』第299号、中之島町、1998年7月9日、4頁、2021年10月12日閲覧 
  6. ^ 議会だより49号テキスト”. 燕市 (2017年11月1日). 2021年10月12日閲覧。
  7. ^ 一般県道256号 分水栄線 萬盛橋 全面通行止のお知らせ」(PDF)『なかのしま』第161号、長岡市中之島支所、2019年12月19日、3頁、2021年10月12日閲覧 
  8. ^ 一般県道256号 分水栄線 萬盛橋 全面通行止のお知らせ」(PDF)『なかのしま』第167号、長岡市中之島支所、2020年10月15日、3頁、2021年10月12日閲覧 
  9. ^ 【三条】地域整備部トピックス(令和2年7月〜令和2年9月)”. 新潟県三条地域振興局地域整備部 (2020年8月18日). 2021年10月11日閲覧。

外部リンク

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